essay: 写真における物語の生成/往還する写真家

最終更新: 2019年12月18日

企画展 「現代写真の母型 1999」

場所  川崎市市民ミュージアム

会期  1/25 - 3/12/2000


Part4 鈴木理策 / 吉村朗


 写真の展示はひとつのテクストとして解することもできる。その際、写真家は、それぞれのイメージを然るべき順序で、大きさあるいは間隔を微妙に調整しながら展示場にひとつの表現体としての〈展示=テクスト〉を創造する人間となる。

 もちろん、写真は画像であり文字テクストではない。この二つの媒体の差異は厳然たるものであり、たしかに、単独の画像として見た場合、写真は文字とは決定的に異なる性格を有している。文字テクストの時間の線形性に対し、一枚の写真での時間は魔術的に繰り返し循環する。にもかかわらず、展示という壁面において(あるいは写真集というかたちで)写真は線形的な文脈を獲得し、テクスト性への道を見いだすのである。

文字テクストには、記録的なテクストと芸術的なテクストがある。後者は、文学作品として前者と区別される。 文学作品と見なされる作品は、記録的なテクストのもつ単純な線形的な叙述なのではなく、叙述世界をいわばメタレベルで再構成している点で質的に異なると言えよう。

物語について見てみよう。物語の中には、二つの種類の時間が流れているとされる。ひとつはストーリーとして流れている時間であり、もうひとつはプロットとして流れて いる時間である。前者は物語世界の中で実際に流れている時間(物語内容の時間)、後者は出来事をどのような順序で語ったか(物語の言説の時間)である。そして、この二つの時間の間には「ずれ」があり、そこに独自の物語の世界が生成される可能性がある。

  例えば、映画のフラッシュバックのように、物語世界では後に起こったことであるはずの出来事を、言説のレベルでは先に語るというようなずれ。また、物語世界では長時間かかっていることを言説の時間では簡単に数行で語ってしまうといったずれ。さらに、芥川竜之介の「藪の中」や 黒澤明の『羅生門』に見られるある出来事を複数の人物の視点から語られることで生じるずれもある。単に事態を記述するのではなく、そこから距離をおいて「ずらし」て、語ることのできる場所が、文学における作家性のありかであり芸術としての可能性なのである。この事は、写真における物語の可能性にも深く関わっている。

写真と文字テクストの特徴を比べた場合、一見したところ際だっている違いは空間との関わりである。写真家は、「その場所」をそこで撮る。そこに定着されているのはその場所の画像である。しかし、この画像の直接的性格は、 必ずしも写真の空間性の強さを意味するものでもない。ある場所の持つ意味は、歴史空間あるいは文学空間における膨大なネットワークの中での位置づけにリンクすることで濃密な時間的意味を獲得するからである。そこに、空間表現としての写真が物語としての時間芸術に転化する可能性があるのである (例えば、「熊野」、「恐山」、「38度線」等々の場所。もちろん、画像テクストとしての写真の緻密な再構成がなければこうした場所で撮り、タイトルをつけただけでそうした転化がおのずと生じるわけではけしてない)。また、逆に、文字テクストにおいても、日常の会話のなかで「長い」という言葉が空 間的にも時間的にも使われているという卑近な例を 挙げるまでもなく、時間的な意味と空間的な意味は密接に関わりあっている。文学における言葉の空間 性には、日常的な言葉とは異なり、イメージの跳躍を生じさせることがある。例えば和歌集や能楽における地名が、文学空間における意味のネットワークの中で特殊な 場所をもって、それに固有の意味の磁場と空間を立ち上げさせることで表現性を獲得するような場合である。同様にして、写真家が、空間的な画像を用いて、歴史的・文学的 な意味のネットワークにその画像を結びつける方法を獲得することができたとしたら、そこには画像による時間の織物 (テクスト) = 「物語」が生成するはずである。その際、写真家は、物語の内部と外部の時間を自由に往還することのできる作家として姿を現すことになるだろう。

「現代写真の母型」の最後のパートを締めくくる鈴木理策と吉村朗は、おそらく、今述べたような写真における物語の生成の可能性の中心を指し示している作家である。鈴 木は、日本の歴史的な信仰の場としての熊野、そしてその最も象徴的な場所としての那智の滝への道行きという形を取って、その精神的、伝統的な意味のネットワークに、自 らの視線と意識の流れを介在させることによって、たんなる私的物語を越えた写真による物語の新たな地平を切り開いている。吉村朗は、日本の太平洋戦争の事跡と彼がその 系譜として関心を持っている現代の事象(東海村など)に 「カメラを向けている。被写体の性格上、政治的な主張があるかのように誤解されるかもしれないが、作家の関心の中 心はそこにはなく、戦中戦後の歴史的な時間をそうした事象に対する自らの内的時間と照合しながら相対化し、新物語に転化させるということである。

80年代末から90年代初頭にかけて、鈴木理策は、アメリカの現代写真からの影響も受けて大型カメラでもってモニュメンタルな風景を斬新な感覚で撮っていた。吉村朗 は、同時期に、色彩と空間に対する独自の感覚をもったスナップショットの作家として活動していた。かたや静的な 風景、かたや路上の一瞬の光景を切り取るといういわば写真に固有であると考えられてきた時間的表現に身を置いていた二人の作家が、物語的な写真表現の新たな可能性に向かっていったのは奇しくも90年代半ばのことであった。この展開は、おそらく、時代の様相と無関係ではないかもしれない。1989年のベルリンの壁の崩壊とそれに続く東西冷戦の終結は、それまでの世界観、歴史観に計り知れない衝撃を与えた。「大きな物語」の終焉を目のあたりにして、世界をどのように理解し、構築していくのかという問題が浮かび上がった時代でもあった(それは今も続いてい るのだが)。二人の写真には、内容的には共通のものはないと言ってもいい。にもかかわらず、不透明な世界の相貌を描き直す手段として、写真による物語的時間の生成の可能性をそれぞれの仕方で追求している点で同時代性を共有していると思われるのである。



企画展 「現代写真の母型 1999」

場所  川崎市市民ミュージアム

会期  1/25 - 3/12/2000


IV 鈴木理策 / 吉村朗



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