『荒地 ー これからの風景 ー 』

1993年1月21日


執筆  深川雅文

現代の新たな風景観の境位


日本古来の花鳥風月の自然観をひきあいにだすまでもなく、風景は、それを観る者のメンタリティと深く関わっている。であるから、風景観の変貌は、またそれを観る者の心や時代精神の変わり様を映し出しもする。この秋に出されたばかりの写真集「荒地!これからの風景-」( 原書タイトル " WASTELAND landscape from now on " )は、風景を題材にした今日の写真家たちの新たな心の振れ方に光をあて、現代の新たな風景観の境位を指し示そうとしている意欲作である。

T.S. エリオットの有名な詩の題名を引用したこの書名は、1988年に始まり今年で三回目となるオランダはロッテルダムのフォトビエンナーレのメインテーマでもある。本書は、同名の写真展に併せて出版された。

展覧会の企画者であるバース・ブルッヘたちの熱いメッセージが込められた本書の狙いは、80年代後半から今日にいたる世界ならびに社会の情勢の急変のなかで、それに同調するようにして写真表現の前線で噴出してきた風景への新たなアプローチと風景観の変化を検証することにある。

風景観の革新ということでは、現代の写真は、すでに70年代半ばに「ニュー・トポグラフィックス」という表現動向の洗礼を受けている。これは、絵画と写真の歴史の中で永く育まれてきた自然と人間の予定調和的な風景観という殻を破って,たとえば都市開発の現場やゴミ捨て場など伝統的な風景観からは排除されてきたノイズ的な光景を積極的に主題化せんとするものであった。『荒地』では、このような風景観の転換に目を配りながら、さらに、その後の急激な情報化社会の進展や冷戦構造の崩壊に象徴される世界の変貌を背景に、風景の概念に新たな変質が迫られ、写真を使う先端的な芸術家たちが、人工的な環境や仮想空間といった新たな表現のフィールドを開きつつあるという様相を大胆に描き出そうとしている点が新しい。

主題の下に集められた作家は50人以上、その国籍も両手の指の数を超えるという多彩な顔ぶれからなる。ボルツなどわが国で知られている作家も若干見られるが、総じて日本ではあまり紹介されていない作家も多く興味深い。ちなみに、日本側作家には、荒木経惟、土田ヒロミ、柴田敏雄、 小林のりお、金村修が入っている。

この企画の野心的な狙いは、本の構成にも表れている。全体はポスト?モダン風景論というべき四つのエッセイからなるテキスト部分と作品だけが集められた後半部分からなる。編集の特徴は、掲げたコンセプトを検証する材料として作品を採集し、文脈を自由に設定しずらりと並べたような手法に顕著である。こうした大胆な見切りのつけかたは、本書の特色である一方、作家の側にすれば不本意なところもあるように見える。

例えば、本書の文脈で見る柴田敏雄の作品は一見、場違いに思えたりする。そうした軋みを内包させながらも、半ば強引なまでの手法で主題の下に一気にまとめあげられたこれらの作品群は 全体として通観すると、21世紀まで10年を切った今、写真を武器にした芸術家たちが都市文明と新たな関係に入りつつあるのではないかと問いかけ、訴えかける力を持っているところが面白い。

エリオットの『荒地』は、ちょうど40年前に発表された。文明と精神の荒地化という局面を視野に収めている点では、本書は、それと響き合うところもあるが,その基調音は大いに異なる。風景に対する心の持ちようが根本的に違うのである。ニュー?トポグラフィックスの作品ですら、感傷に対抗するクールな情熱があった。本書には、たとえばゴセージやバルガスのように感情の極性スイッチを一旦オフにして風景や環境と戯れるような新たなメンタリティがそこかしこで顔を見せている。自らが変態しつつ、領野を広げつつある「風景」概念。写真が、今後、いかにしてそのような領域に切り込むことができるのか、さまざまな問いを誘発する写真集である。


(ふかがわ まさふみ 川崎市市民ミュージアム学芸員〔当時〕)


Catalogue of "Wasteland landscape from now on" 1992

front cover photo: Lewis Baltz "Piazza Sigmund Freud", 1989


https://issuu.com/xparadox/docs/wasteland

(You could view the contents from issuu https://issuu.com)


●書評『荒地 ー これからの風景 ー 』  深川雅文

本テクストは、第三回ロッテルダム・フォト・ビエンナーレ(1992年9月4日~10月11日)に合わせて出版されたカタログ書籍『荒地 ー これからの風景 ー 』について、月刊誌『太陽』〔平凡社 1993年1月号(通巻第379号 1月21日発行) 91ページ〕の評論欄のために執筆したものである。

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