essay「デサフィナード* / わたしたちは、いま、どこにいるのか 」藤村 豪 論

2020年5月10日


執筆 深川雅文


見えざる脅威(感染症)によるグローバルな災禍は、わたしたちの距離感覚に影響を与えざるを得ないだろう。 21世紀初頭、忽然と姿を現したガラスと金属でできたモノリス状の装置(iPhoneから始まる)が、わたしたちの日常に欠かせないモノとなって久しい。それは人と物事と情報に対する距離感を劇的に変化させた。わたしたちはそれにより世界中の人々、世界中の場所の画像と情報をあっという間に探し出し手にすることができる。まるで、世界は手のひらに乗っているかのようだ。しかし、理解と想像力を超えたところで起こる出来事は、わたしたちに不意打ちを食らわせ、近くに引き寄せたと思った世界は一瞬のうちに指の間からするりと抜け出して遠くに行ってしまう。 「百聞は一見にしかず」という格言がある。数多の伝聞を頼るより間近に寄って見ることでことの真実が即座に理解されるということである。人口に膾炙しているこの言葉は、私たちが日常的に抱いている真実性の概念を上書きしている。その根は深く西欧の伝統的な思想に遡る。真実を理解するというのは、超越的(客観的)な視点(宗教的、哲学的、科学的、社会的…)を通して、対象となることがらのあるべき正しい認識に至るという思考回路が働いている。真実とは何かひとつの確たる到達点であるかのようにイメージされがちである。さすがにこうした捉え方の綻びは隠すことが難しくなり、たとえば、ポスト・トルゥースやらフェイク・ニュースといった言葉も耳にして久しい。 藤村豪の仕事は、ことがらの本当のありかたが何なのか、その理解に至るのにはどのようにすればいいのかといった問いを巡って動いてきた。そしてその問いの風景をイベント、コミュニケーション、写真、映像、言葉などで紡ぎ上げて見えるものにするという創作活動を進めてきた。たとえば、《同じ質問を繰り返す/同じことを繰り返し思い出す(どうして離婚したの?)》という作品(2014〜)がある。ことがらの直接の当事者から聞く言葉は、繰り返すたびに微妙にドリフトを見せる。ひとつの真実がそこにあるわけではないこと、多義的であることが炙り出される。それは、しかし、真実の探求の挫折ではない。そもそも真実は無数の視点によって照らされることによって示されるしかないのだ。


 「認識対象への認識者の適合の過程なるものは、実は視点から視点へと踊り歩くことだと

 思える。真実の探求は、実は問題の周りをめぐることだと思える。そのさい、周りをめぐ

 ることがはじめて、問題を認識対象にするのである。」(ヴィレム・フルッサー)**


世界と真実の伝統的概念が融解する中、藤村の仕事は、世界に対して取るべき態度(ルビ:アティチュード)の書き換えという見逃せないプロジェクトへと見る者を誘っているように思える。声高にではなく、慎ましやかではあるが強かに、世界を想像する新たな力の喚起のための道を照らし出す。 彼の歌声は清明ではあるが少し「調子外れ」なのかもしれない。が、それは歌われている主題(消えかかった葉書の送り手や愛する息子など)の声に耳(あるいは目)を傾け寄り添いながらも、それに単純に合わせるのではなく、事の顛末に想像を巡らしたりあるいは理解の方法を自問しながらのことで、距離と位置どりを模索するプロセスから招来するのだろう。その試みは時に繊細でありまた時に大胆で、音調とタイミングには揺らぎが生じてくる。“デサフィナード”という曲と言葉が私に想起された所以である。 世界との距離、人と人との「間」を私たちはどのようにして測り、取りながら生きていくのか?

傍で口ずさむ藤村の歌に耳をそばだてながらこの問いの周りを少しゆっくりと一緒に歩いてみよう。


(ふかがわ まさふみ キュレーター / クリティック)


[註]


*

デサフィナード Desafinado

アントニオ・カルロス・ジョビン作曲、ニュートン・メンドンサ作詞のボサノヴァの楽曲《Desafinado》。1959年に発表された。“Desafinado” (ポルトガル語)= “slightly out of tune”= 「調子はずれ」の意味。歌詞に初めて「ボサノヴァ」という言葉が使われた曲である。

**

ヴィレム・フルッサー著/村上淳一訳『テクノコードの誕生』(1997年 東京大学出版会) p.274



本論は、藤村豪個展『誰かの主題歌を歌うときに』(KANA KAWANISHI GALLERY)のテクストとして執筆したものである。


展覧会情報は下記のとおり。

【展覧会情報】

藤村 豪 個展『誰かの主題歌を歌うときに』

http://www.kanakawanishi.com/exhibition-026-takeshi-fujimura

■会場: KANA KAWANISHI GALLERY

〒135-0021 東京都江東区白河4-7-6

http://www.kanakawanishi.com/gallery

■会期:2020年6月6日(土)~ 2020年7月11日(土)

■開廊: 火曜〜土曜:13:00〜19:00(日・月・祝 休廊)


開廊方法が変更となる場合がございます。詳しくはGalleryの最新情報をご確認ください。


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