review "Spew Live Performance: Give me air" spew

2017年8月28日


執筆  深川雅文


ノイズの魔窟


8/10から8/27(2017年)まで、G/Pギャラリーでspeweditionの新作Zineの展示を行っていたspewが、展示最終日の直前の8/26土曜日の夜(20: 00~22:00)にライブパフォーマンスを行った。昼間、富山県美術館部の折元立身の開館記念パフォーマンスを訪ねたその足で、東京恵比寿に戻り、夜のspewパフォーマンスを訪れた。


写真の概念を打ち壊し続ける挑発的なZineで注目されるspewは、そのライブパフォーマンスも当然、一筋縄ではいかない。


展示台に並べられた、Give me airと名付けられた複数のZineは、コンピュータ画面に生じるノイズ映像をそのまま紙面に写し取ったイメージから成るもので、ほとんどそこには対象的なものは現れない。ひたすらノイズ画像が繰り広げられる。とはいえ、並べられた各々のZineは、サイズや構成、装丁デザインなどは様々で、また、一見、その中身は、等価で無差別的なノイズ画像の繰り返しのように見えながら、見進んでいくと、流れやリズムの独自な様相が伝わってくるという意味で確かにエディットの手触りと差異を感じさせるものであった。そうだ、そこで、editionにおける“edit“という行為の創造性に大きな賭けがなされていることに気づかされた。ノイズの海に、ノイズを解き放ちながら、しかし、それを撒き散らすのではなく、そこにしか現れない軋みやスパークを生じさせていく彼らのマニエラの“edit“魔術を通過することで、時に風景的な現象を立ち上げていくというアクロバットをそこに発見し感知することができる人にとっては、その体験は代え難いものとなって惹きつけられるに違いない。そうでない人にとっては、spewは、悪夢となり、恨みを買ったとしても、その人を咎め立てする者はいないだろう。spewをspew化せよ!


spewにとって、Zineが活動の主軸であることに異存はないだろう。だが、彼らのライブ・バフォーマンスは、それに付随するといった活動では決してない。というのは、Zineの中でも、彼らのパフォーマンス的な身振りと表情が盛り込まれていることからもわかるように、Performativeなものは、彼らの創作の根底にあるからである。Zineを“edit“し、作り、展示するという行為自身が、単に印刷物を制作するということにとどまらないパフォーマンスの次元を獲得している。とすれば、宇田川直寛、北川浩司、横田大輔、三人のメンバーが実際に行うライブ・バフォーマンスは、その活動の本質的な部分として欠くことができない渾然一体化した行為なのである。


今回、発表されたZineのタイトル、Give me air、と同名のパフォーマンスは、そのZineの世界を補完するものではなく、それと一体化した世界像を音素と光素で描き上げるという行為であったと言えよう。


Give me air とは、今回の展示と展示映像でモチーフとなったいる要素の一つ、黒い風船に息を吐き入れ、膨らますのに、酸欠になり頭がクラクラして、空気をくれ! ということなのだろうか? そのパフォーマンスは、確かに、立ち会った人間を、大音響と高い音圧とノイズの連続によって、脳を酸欠に追い込み、思考回路を停止させる状況を生み出していた。光と音が渦巻くノイズスケープがそこにはあった。黒い風船は、二つのスピーカー間に挟まれ、低音のノイズの発生源としても重要な役割を果たしていた。


Zineのメインテーマでもあったホワイトノイズの映像と黒いバルーンと悪戦苦闘する着ぐるみのウサギたちの映像が壁面投影された空間の中、そうした映像のノイズスケープに、三人が作り出す音のノイズスケープが重ね合わせられることで、別次元のノイズスケープが発生してくる。三人が産み出すノイズスケープは、ノイズの仁義なきぶつけ合いの中に、ある種の構造化を図ろうとする無謀な試みが頭をもたげて来ることに気づいた。その試みがヒットし、やをら、ノイズが構造化を帯びた時、パフォーマンス空間内に言葉で名状するのか不可能なスケープが広がる。その創造は、わかりやすく言うとしたら、おそらく、人工知能のディープラーニングでは決して到達できない人間の領域なのだ。言い換えれば、人工知能による先回りの奸計が現実のものとなりつつあり、限りなくノイズ除去されたクリーンな生活環境が夢想されつつある時代へのカウンターパンチをブチ込むことなのではないだろうか?


Spewのライブパフォーマンスを体験して、はっきりしてくるのは、デジタルだとかアナログだとか、写真だとか現代美術だとか、そんなジャンルで捉える時代はとっくのむかしに終わっていたということ。「あ!」と、言わせる力、それが「ART」なのかもしれない。とはいえ、彼らのライブパフォーマンスからは、20世紀の前衛的な芸術運動へのコール&レスポンスも聞こえてくる。


構成主義者であ理、バウハウスのマイスターとなったラースロー・モホイ=ナジは、レコード盤の溝が生み出すノイズが、アートになるということを早くから唱導していた。「騒音音楽」をいち早く実行した、イタリア未来派のルイージ・ルッソロがこのパフォーマンスを見たら何と言っただろうか、という想像も湧いてきた。創造の総合性が、spewを推進するエンジンとなる。spewよ、火に油を注ぎ続けよ!


(ふかがわ まさふみ キュレーター / クリティック)



Spew Live Performance: Give me air

2017年 8/26(土) 20:00~22:00

G/Pギャラリー 恵比寿

http://gptokyo.jp/

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