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review「 I feel like mother of the world」spew &「vision inside」村田峰紀

2018年5月24日


執筆  深川雅文


イメージとダメージ

群馬県高崎市に2017年にオープンした現代美術のギャラリー、rin art associationで、4月8日より同時開催中の次の二つの展覧会を訪れた(~6月17日)。

spew 《I feel like mother of the world》

村田峰紀 《vision inside》

それぞれ独立した展覧会だと思っていた。が、その思い込みはいい意味で見事に裏切られた。二つの展覧会を総合するタイトルがあっても不思議ではないくらいに、両者は深い次元で刺激しあっていた。ギャラリーは、いわば闘いのリングと化していた。互いの息遣いが聞こえるくらいに顔を近づけて眼を飛ばし合い、互いの顔面とボディにショートジャブを撃ち合う。その両者が立つ共通の場がやおら浮上していた。そこに眼を向けながら、まず、それぞれの仕事について触れていきたい。


spewの作品、《I feel like mother of the world》は一階と二階の二つの展示で構成されている。一階でのspewの展示は、ホワイトキューブを闇の空間にし、入り口に対する奥の壁面全面にモニターのノイズ映像が投影されている。明滅するイメージが空間全体を支配している。そこに、時折、電子的なノイズがスピーカーから放り投げられる。その前の中盤の空間付近には、ノイズ映像をプリントアウトした紙の束が床面に散乱していた。その近くに積み上げられた小さなモニターからもノイズ映像が流出していた。室内空間全体には、単管パイプが不規則に組み上げられていて空間的なノイズを生じさせる。映像が投影された壁面のあたりは、昨年の8月にG/Pギャラリーで行ったライブパフォーマンス 《Give me air》の空間のテイストを彷彿とさせるが、他方で、単管パイプによる構造物は、昨年の1月にQuiet Noise art galleryで開催された、spewメンバー、宇田川直寛の個展《Assembly》で示された、展示空間の中にある種の建築的要素を組み込むという意志が現れていて、その両方が融合したような新たな展開を見ることができた。こうした生まれた作品は、spewにとっては、完結したインスタレーションの展示ではなく、あくまでこの空間を構成するというパフォーマンスの痕跡としての作品であることは押さえておかなければならない。二階は、ホワイトキューブでの”展示”を気取ったそぶりを見せる。明るく白い空間の中、壁には、焼き出されたモノを固めたような不思議な物体が点々と架けられている。よく見ると、それらはspewの基本的な表現媒体である写真のzineやプリントを固めて焼いたオブジェであった。この”焼き写真”というテイストは、メンバーの横田大輔の写真を焼くパフォーマンスとその残骸の展示《Matter/ Vomit》を連想させる。焼かれて固められたモノの所々に、写真的イメージの断片が姿を現している。写真は、いわば誘引剤として働き、見るものを惹きつけトラップしてくる。写真の内容が認識されたからといって、その全体のモノは理解を拒むモノに留まり、見る人を嘲笑っているようにも感じる。その他に、彼らがオランダで行ったパフォーマンスで使ったウサギの着ぐるみの残骸が立体物として組み上げられていた。一階と二階、いずれの展示においても、写真的な要素が垣間見られるものの、被写体の意味は限りなく剥ぎ取られ、行き場がない「かろうじて」の写真なのだ。とはいえ、作品は、写真的断片を忌避するのではけしてなく、何か写真的なものを大切に抱え込みながら、その痕跡を無様に差し出してくる。全体を通して、彼らが写真家なのかどうかという問いは霧散するかに見えるが、やはり、その問いはブーメランのように戻ってくる。

《I feel like mother of the world》 by spew floor2 三階に上がると、村田峰紀のドローイングの展示《vision inside》が出迎える。ドローイングと言っても並みのドローイングではない。村田のドローイングは、アクリル板上にボールペンで荒々しく引っ掻き、傷つけ、描きつけられたモノである。その行為の痕跡を見ていると、「描く」(グラフ)ということのギリシア語の語源「graphein」が浮かんできた。というのは、ギリシア語の「graphein」は、「描く」ことの意味だけでなく「彫る」ことの意味も含んでいたからである。作家の出自が元々、彫刻であったと知って納得した。彫刻的な行為としての「描く」という事柄の原点が作品に感じ取られた。村田は、描くためのアクリル板を前にして、目を閉じ、直感的に、瞼の裏側を見つめるようにして、ボールペンでイメジを刻み込むという。そのドローイング=パフォーマンスの痕跡が、作品に化し提示される。興味深かったのは、そのアクリル板の展示方法であった。4センチくらいの厚みのある白木の額にはめ込まれていて、見る者は、アクリル表面に刻まれた行為の痕跡を見ると同時に、その痕跡に当たった光により額の底面に映し出される光の像も同時に感受することになる。表面と底面の連関したイメージの二層が、時に、見る者の身体の移動によってズレが生じ、また、光の入り具合によって見えに差異が生じてくる。二層のズレとぶつかり合いは、平面の二次元性を超えた新たな次元を生じさせる。立体的とは言えないが、二次元ではない微妙な差異による空間と時間が生まれてくるのだ。その意味でも、このドローイングは彫刻的という言葉が相応しい。アクリル板への描き込みとは異なる木材や金属板への描き込みの作品も別室に展示されていたが、もう一つ特筆すべき重要な作品がある。《scratch the TV》である。50インチのテレビモニターの液晶表面に対して行われた同様のパフォーマティブなドローイングである。それは、同時期に一緒に展示を行ったspewのパフォーマンスに対し同時進行する村田のバフォーマティブ・ドローイングとして制作された作品であった。制作の様子をビデオ記録で見ることができたが、こういう具合である。spewが一階の展示パフォーマンスを行っている映像が映し出されているモニターの画面に対面しながら、村田が、瞼の裏に生じるイメージを身体的に「描き-彫った」(graphein)。二階から三階に上がる中二階のスペースにそのモニター/ドローイングは展示してある。モニターの液晶の裏から発せられる光によって、その痕跡が照らし出され、村田の行為の跡としての線が、半ば平面半ば映像として浮かび上がる。spewと村田、両者の展示を結びつける磁場としてを光を放っていた。

《vision inside》 by Mineki Murata

《scratch the TV》 by Mineki Murata


この二つの展示は、それぞれ独自の展示であり、何かテーマを共有した展示でもない。にもかかわらず、何か、そこに触れ合うものが感じられ、その重なる部分について思いがグルグルと渦巻いた。両者とも、出自として、何かを大切に持っていた、何かに憑かれていた。その何かに急かされるようにして、何物かを、激しい行為を伴いながら生み出し、いや、吐き出し続けているように見えた。その何かとは、spewにとっては写真であり、村田峰紀にとっては彫刻である。そして、いずれもその何かに没入しながらも、閉ざされた闇を抜け出し、身体的な行為に満ちた作品を生み出す。かたや、フォトグラフィックなパフォーマンスとして、かたや、パフォーマティブなドローイングとして。創造の形において、この二者は、ひとつのギャラリー空間の中で、闘い合い、牽制しながらも、奇しくも共鳴、協調し、場を全体として共有して、奇しくも個々の展示を超えたもうひとつの新たな次元を切り開いていた。さらに、その創造の形のみならず、内容においても、共感の場が見えた。両者ともに、自らが関わるモノにダメージを与えることでイメージを生成させている。そのダメージの痕跡が、作品を立ち上げる。その作品は、見る者に、たとえ、そこに至る現実のパフォーマンスのプロセスを見ていずとも、痕跡を起点としてイメージを飛翔させる。一種異様な痕跡を介してのイマジネーション…それは、遡れば、20世紀初頭のダダのアーティストたち、そして、第二次大戦後、その正統な継承者となったフルクサスの作家たちの作品やパフォーマンスが切り開いたイマジネーションの流出 (フルクサス)の回路に繋がっているのかもしれない。痕跡のイマジニスタという言葉が浮かんできた。出自を違えてもこの点で両者は生き生きと交感し、その振動を共感することができるマジカルな展示である。


イメージにダメージを、ダメージからイメージを! (ふかがわ まさふみ キュレーター / クリティック) ※タイトルにした「イメージとダメージ」という言葉は、両者を交えたトーク (2018年5月20日 rin art association)の席上で、spewの横田大輔の発言に出てきたものであることを申し添えておきたい。


Exhibition:

2018.4.8(sun)-2018.6.17(sun) @ rin art association in Takasaki, Gunma.

・spew "I feel like mother of the world"

・Mineki Murata "vision inside"


Event:

Performance: spew & 村田峰紀 Mineki Murata 4/8

Gallery Talk: spew × 村田峰紀 Mineki Murata (Performance Artist)  × 小川希 Nozomu Ogawa (Art Center Ongoing Director) @rin art association in Takasaki, Gunma. 20/5/2018 


Gallery:

rin art assocication

〒370-0044 群馬県高崎市岩押町5-24マクロビル

営業時間 11:00~19:00 (定休日 月・火曜日)

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